そしがやのリタイア日記

リタイアした公務員の日々の生活を書いていきます。学生生活、投資、などなどです。

高度経済成長は「日本人の努力の賜物」ではなく「幸運な偶然」だったと認めよう



バブル経済崩壊以降、日本経済は、低迷が続いたままの状況です。

無論、政権が無策だったわけでなく、大規模な財政政策をしてきました。

結果としては、それまでの経済成長には戻らず、膨大な国債という借金が残されただけでした。

バブル崩壊前の奇跡とも言われた高度経済成長期とを比べるとバブル後の経済の低迷が目立ちます。

そんな日本経済についてちょっと意外な分析をした記事を読みました。

 

高度経済成長は「日本人の努力の賜物」ではなく「幸運な偶然」だったと認めよう|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

多くの日本人は、戦後の高度成長は「必然」だったと考えており、各政権もこれを大前提に経済再生の処方箋を描いてきた。だが、この前提条件が必ずしも成立しないのだとしたらどうだろうか。

安倍晋三元首相は「日本を取り戻す」と主張して首相に就任したが、取り戻すべき過去が「偶然」の産物なのだとすると、考え方を変える必要が出てくる。

 

この記事では、日本の戦後の高度経済成長は、偶然の賜物だったと述べています。

これって多くの人にとっては、かなり意外なものでしょう。

 

日本は戦後、ゼロから経済をスタートさせたと言われる。だが、現実問題としてゼロの状態で成長を実現することはできない。製品を製造するためには、生産設備を整え、原材料を輸入する必要があり、そのためには、まずは外貨が必要となる。

 

戦争によって経済が崩壊状態になった戦後の日本にとっては、外貨がまったくなかったことは、明らかな事実です。

ですが、その時にある偶然が日本の外貨不足を救ったと著者は指摘します。

 

朝鮮戦争の勃発によってアメリカから莫大な注文が入り、日本企業は特需に沸いた。1951年の名目GDPはプラス38%という驚異的な数字だったが、それ以上に大きかったのが、貴重なドルを獲得できたことである。

 

朝鮮戦争が戦後の日本経済を救ったとはよく言われますが、筆者の分析によると貴重なドルを獲得できたことが大きかったと述べています。

 

もう一つの偶然は中国の共産革命である。中国は日中戦争に勝利したものの、国民党と共産党による内戦が勃発。共産党政権樹立後も文化大革命で多くの死者を出すなど社会の混乱が続いた。戦後の重要な時期に内戦や権力闘争に明け暮れた中国は工業化で大きく出遅れ、その間、日本は目立った競合が存在しないなかで輸出を拡大できた。中国の共産化がなければ、今の日本は存在しなかっただろう。

 

もう一つの偶然として中国の共産革命を挙げています。

共産党政権樹立後も文化大革命等の権力闘争に明け暮れ、しばらくは中国が経済面ではライバルではなかったことが日本の経済成長の面ではメリットになったというのです。

 

筆者は、この二つの偶然が重なって、日本経済の成長が成し遂げられたと主張しています。

こういう考え方って日本人にとっては、心地良いものではありませんが、当たっている面もありそうです。

 

しかし、こういう二つの「幸運」を生かすことができた戦後の日本は、それなりに評価できると思います。

当時の日本人の努力があったからこそ、こういう「幸運」を生かせたのではないでしょうか。

 

ただこの記事では、今後の日本経済の在り方については、具体的に言及していないので、筆者には、今後の経済運営がどうあるべきかの提言もしてほしいものです。