そしがやのリタイア日記

リタイアした公務員の日々の生活を書いていきます。学生生活、投資、などなどです。

「エリート家族」が生きがいだった老女の末路

勤め始めて、10年ほど経った30歳代の初めころ、職場に有名大学に入った息子が自慢の同僚の男性がいました。

その同僚は、当時50歳代初めでしたが、役職もなく、職場では、目立たない男性でした。

ただ有名大学に入った息子だけが誇りで、いつもその息子のことを話していました。

その男性とは、20歳ほど年齢差もあり、1年ほどで異動してしまったので、個人的な付き合いもありませんでした。

ですから、その後、どうなったかは、わかりません。

自分の家族のことが生きがいだった女性の記事を読んで、その男性のことを思い出しました。

toyokeizai.net

「こんなはずじゃなかったんです。こんなはずじゃ……」

細く痩せた両手で敷き布団のシーツをギュっと握り締めながらヨネ子さんは「わぁ~!!」と泣き崩れてしまいました。ヨネ子さんは、1日のほとんどをこの畳に敷いた布団で過ごしています。

 

ヨネ子(仮名)さんは、筆者が訪問介護の仕事をしていた時代に担当していた当時76歳の女性です。

暑くなる今頃の季節になると、必ずと言っていいほどヨネ子さんのことを思い出すといいます。

 

ご主人は生前、国内だけでなく海外でもとても有名な科学者でした。息子さんも2人いますが、2人ともエリート街道まっしぐら。大学はアメリカの名門校へ進み、卒業後も引き続きアメリカで多忙な生活を送っていましたので、ヨネ子さんにとって頼れる家族が近くにいない状態でした。

 

夫を3年前に亡くし、都内の一戸建てに一人暮らしをしていました。

夫が亡くなってから軽度のうつ状態になり、筆者が訪問介護を担当するようになりました。

 

介護職時代、沢山の方を担当をしてきましたが、配偶者を亡くしてシュンと小さくなるのはいつも年老いた男性ばかりで、未亡人となった女性のほとんどが、身体が多少不自由になっても、何かに吹っ切れたように伸び伸びと自由に生活しているケースが多かった中、ヨネ子さんはまるでその逆をいくようでした。

 

筆者によると配偶者を亡くして、シュンと小さくなるのは、男性が多いのに、このケースでは、逆でした。

そしがやの場合も母が先に亡くなって、その後、父が大分落ち込んでいたのを思い出します。

 

「ずっと家族のために尽くしてきたもの。友達なんていないわよ」

か細い声でヨネ子さんは漏らします。

戸建てのお家だと、町内会やご近所のお付き合いがありそうですが、“エリート一家”ということで、地域の中でも少し浮いた存在だったようです。

 

一戸建てに住む女性だと一般的には、近所の付き合いがありそうですが、ヨネ子さんは、そうではなかったようです。

夫や息子がエリートということで近所でも浮いた存在でした。

 

「朝の4時半ころ、うちのインターフォンが何度も何度も鳴るもんだからさすがに起きて玄関に行くと、ヨネ子さんがウロウロしててびっくりしたよ。どうしたんですか?って聞くと、意味不明なことをずっとしゃべってて、とりあえず家に送っていったんだけど、何かを盗られたとか、ずっとモゴモゴ意味不明なことばっかしゃべってんだよ」と。

 

白アリが発生したことでやむを得ず、家具を処分したことで、ヨネ子さんの徘徊が始まってしまいました。

脳にも委縮が見つかります。

 

すぐに窓口になっているアメリカの息子さんに連絡を入れるも「忙しくて帰国できないので、介護認定などは近くにいる親戚に頼んでみます。母とは関係がよくないので、連絡はよほどのときだけで大丈夫です」と冷ややかなトーンでこれだけ告げられ、すぐに電話を切られてしまいました。

 

今までヨネ子さんにとって、生きがいだった息子からは、冷たい反応しか返ってきませんでした。

その後、結局、ヨネ子さんは、施設に入ることになりました。

 

ここまでこの記事を読んでくると、ヨネ子さんは、夫や息子のためだけではなく、もう少し自分自身の人生を考えることができなかったのかな、と感じます。

そうすれば、夫が亡くなっても、ほかの多くの女性のように、伸び伸びと吹っ切れたかのように生きることができたのではないでしょうか。

 

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