著作が出版されると必ず目を通す学者が何人かいますが、そのうちの一人が呉座勇一です。
前回読んだ『戦国武将、虚像と実像』も面白かったので、最新作も読んでみました。
今回の作品は、川中島、桶狭間、三方ヶ原、長篠、関ヶ原、大坂の陣という6種の合戦と豊臣秀吉の「惣無事令」について紹介するものです。
ただ、「惣無事令」については、全体のテーマが合戦にもかかわらず、それらとは異なっているので、正直必要がないのではないかと感じました。
入れるならば、ほかにも戦国時代には、有名な合戦があるので、そちらを取り上げてほしかったですね。
ただそれぞれの合戦に関しては、通説、論争、新説、最新の研究成果を紹介しているので、この著作を読めば、あらかた有名な合戦に関わる論争の流れが理解できます。
そういう意味では、ほかの専門書を読まなくてもいいので、便利な本です。
呉座勇一は、そういった過去の論争を上手に要約してくれます。
それに文章も読みやすいです。
この本では、6つの有名な合戦を取り上げていますが、この本によると現在の日本人が持つ上記の合戦のイメージは、参謀本部編『日本戦史』シリーズの影響が大きいとしています。
明治末年から大正年間に刊行されたものですが、江戸時代の軍記類を無批判に採用しているので、合戦の実像からは、かけ離れているというのです。
またそれをもとにして、徳富蘇峰が『近世日本国民史』を刊行しました。
この本は、歴史小説家の元ネタになっているので、それらの歴史小説家によって書かれた小説がそれらの通説を広めたわけです。
そんな参謀本部の『日本戦史』が生み出した虚像は、戦後の歴史学研究にも引き継がれました。
1970年代になって、そんな合戦の歴史観に対する批判が出てきました。
この本では、最初の通説から戦後の批判、最新の研究まで紹介しています。
中でも興味を持ったのは、「関ヶ原の戦」の問鉄砲です。
映画やドラマでは必ず登場するものです。
なかなか裏切らない小早川秀秋に対して、徳川家康が鉄砲を打ち込んだというエピソードです。
この本によると最初に問鉄砲が登場する文献は、江戸時代の『関原軍記大成』です。
それを参謀本部編の『日本戦史』が依拠し、徳富蘇峰も『近世日本国民史 家康時代上巻』も取り上げて、通説化したといいます。
最近になって白峰旬が問鉄砲を否定する論文を発表しました。
そこでは、関ヶ原の戦の直後や江戸時代の初めの編纂物には、問鉄砲に触れたものはないというのです。
言及したものは、一番古いものでも関が原の戦から半世紀も経った寛文3年(1663)だといいます。
この問鉄砲がなかったという説は、どこかで読んだ記憶があったのですが、この白峰旬のものだったのですね。
その後、この新説に対する批判も登場しています。
呉座自身は、白峰説の功績もあるが、批判的に継承していくことが大事だという結論で終わっています。
ほかの合戦でも同様にどこかで読んだことのある新説の経緯を紹介していて、興味深いです。
断片的な知識しかないので、この本で詳細に紹介しているので、頭の中が整理されます。
この本自体の難を言えば、今までの通説と新説の紹介にとどまっているので、もう少し呉座自身の考えを読んでみたかったですね。