大河ドラマの「鎌倉殿の13人」で源実朝に興味を持ち、太宰治の「右大臣実朝」を読みました。
太宰の作品は、何作か読んでいるのですが、鎌倉時代を背景としたこのような歴史小説を書いていることは知りませんでした。
この小説の構成は、実朝の近習だった人間が20年ほど経ってから過去を振り返るという形式を取っています。
その間に鎌倉幕府の公式歴史書である吾妻鑑の記事が差し込まれていて、実朝の発言だけは、カタカナで表現されています。
昔話を太宰なりに書いた「御伽草子」の中にも同じような形式があったような気がします。
漢文読み下し文の吾妻鏡が途中入ってくることもあってか、太宰の作品とはしては、やや読みにくいですが、太宰なりに解釈された孤独な実朝の実像がよみがえってくるようです。
大河ドラマの実朝は、まわりの北条義時などの大人に振り回される青年将軍というキャラクタ―に描かれていますが、この小説の実朝は、お坊ちゃま育ちであっても、義時をはじめとした宿老たちともうまくやっているように見えます。
この作品では、相州と表現されている北条義時も大河ドラマほどは、闇落ちしておらず、実朝の個性をそれなりに尊重しています。
ただこの作品が書かれたのが、戦争中の1943年に出版されたということもあって、もう敗戦も近い状況の中で、暗殺という破滅にむかう実朝が敗戦という破滅に向かう日本とも重なり合うようにも見えます。
途中、平家物語の琵琶語りでは壇ノ浦の戦いの描写に「平家ハ、アカルイ。」「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。」といった感想を実朝は漏らしますが、何か当時の日本の状況を表しているかのようです。
無論、後に自殺してしまう太宰自身のことかもしれません。
物語は、吾妻鑑に沿って、時系列で進みます。
和田左衛門尉(義盛)が上総国司を望み、その後の和田合戦が起きたことや方丈記で有名な鴨長明が登場したりとかです。
長明は、名誉欲は捨てられない俗物として描かれています。
宋人の陳和卿によって宋への渡航を夢見るとのエピソードも紹介されています。
最後の方の公暁の登場では、実朝の命を受けた語り手と公暁が朽ち果てた渡宋船のところで語り合うシーンが面白いです。
カニを食べながら公暁は、実朝を侮蔑して、怒った近習である語り手は、斬りつけると公暁は、立ち去ります。
その後、実朝は、遊興に耽り、官位もあがり、叙階を祝う拝賀も華美になっていきます。
そんな時には、語り手には、かつての「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ」という実朝の発言が思い出され、最後は、吾妻鏡による実朝の暗殺の場面の描写で終わります。
多分、「鎌倉殿の13人」が放送されなかったら読まなかった小説ですが、読んでよかったと素直に思います。
実朝に、敗戦に向かう日本それにのちに自殺する太宰自身を重ねた物語のように感じました。