呉座勇一の著作は何作か読んでいますが、この本は、戦国武将のイメージの変遷について書かれたものです。
結論を言えば、「武将のイメージは、その時代の支配的な価値観によって作られ、変わってきた」というものです。
今回の著作では、戦国時代の有名な7人の武将について触れられています。
明智光秀、斎藤道三、織田信長、豊臣秀吉、石田三成、真田信繁、徳川家康です。
例えば、戦国時代の三英傑の一人であり、幕末の坂本龍馬と並んで人気がある織田信長ですが、徳川時代は、必ずしもそうではなかったといいます。
庶民から成り上がった豊臣秀吉の人気の方が勝っていました。
あくまでも秀吉の主人としての位置づけだったようです。
また、当時は、儒教的な価値観が支配的だったので、信長の武力、策略によって人々を抑えつけた政治は覇道であり、儒教の説く人徳によって人々を従わせる王道とは違うものだという批判が支配的でした。
信長が評価されるようになったのは、幕末の頼山陽の「日本外史」からだといいます。
当時は尊皇思想が流行し始め、信長は、その尊皇さが賞賛されるようになったとのこと。
ですが、庶民階級においては、やはり秀吉が依然として人気がありました。
そんな信長を大英雄として評価したのは徳富蘇峰でした。
蘇峰は、大正7年にから刊行された「近世日本国民史」の織田氏前編・中編・後編で信長の革新性を絶賛しています。
これが江戸時代以来の儒教的な価値観から離脱を図ったと著者は述べています。
それ以降、勤皇家で革新者という評価が広まっていきます。
戦後は、勤皇家という面が消え、革新者という面が強調されるようになります。
ようやく現代のイメージに近づくわけです。
そんな中、信長のイメージを決定づけたのが司馬遼太郎の「国盗り物語」でした。
残虐さもあるが、中世的なものを打ち破る革新者を強調した小説です。
信長を革命家として見るものです。
多分、これが現代人が信長に持っているイメージの原型でしょう。
これについては、そしがやも同感です。
ですが、著者は、歴史学者としてそんな現代の信長像は、実際のものはかなり異なると述べています。
既得権者と折り合いをつけながら、斬新的な改革を行っているのが信長の実像だというのです。
けして革命家ではないと主張しています。
信長については、戦前の勤皇家から戦後の革命家へと180度変わりましたが、これは、その時代の価値観に大きく左右されてきた一例だと結論付けています。
だからこそ等身大の信長を見極めることが必要だとしています。
このような著者の考え方が他の戦国武将についても考察されています。
いずれの武将も時代の支配的な価値観に評価が影響されてきたというのがこの本の根幹の観点です。
その中では、小説や映画やドラマといった大衆娯楽に淵源を持つものが多いという主張にも納得できます。
それにしても戦国の英雄たちに対する見方が時代によって移り変わってきたことに焦点をあてた今回の著作は、新鮮でした。
次回は、戦国と並んで人気のある、幕末期の英雄たちについても分析してほしいですね。