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そしがやのリタイア日記

リタイアした公務員の日々の生活を書いていきます。学生生活、投資、などなどです。

一神教と多神教

大学生活

大学で「旧約聖書」の授業をとっていて、いろいろ宗教のことを考えるようになりました。

その授業の中で紹介され、読んだ本が面白かったので、特にその本の中の「一神教多神教」について書かれたエッセイを中心に書いてみたいと思います。

宗教学者の月本昭男さんの書いた「この世界の成り立ちについて 太古の文書を読む」という本です。

 

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古来宗教というものは、概ね多神教でした。

一神教は、ユダヤに始まり、キリスト教に繋がり、イスラム教を生みました。

世界の宗教の中では、この三つの一神教の割合が高いことは統計的にも明らかです。
一神教に関してそしがやには、3つの疑問があります。

1 なぜ、このような一神教が今のパレスティナの地に生まれたのでしょうか。

  砂漠という気候条件の厳しい環境が生んだという説があります。

ですが、それも中東のほかの地では、当初多神教が有力だったことから必ずしもそれだけではないでしょう。

それに気候条件が厳しい地域は他にもあります。

2 このような一神教を生んだユダヤの民がなぜ現在に至るまで存在しているのでしょうか。

 歴史書を読むとあまたの民族が世界史では活躍してきました。

ですが、現在となっては、消えてしまった民族も多いです。

例えば、ヒッタイトフェニキア、アジアだと匈奴など。

ですが、ユダヤだけは激しい迫害に遭いながらも生き延びてきました。

不思議に感じます。

 

 3 世界的には有力な一神教であるキリスト教がなぜ日本には根付かないのでしょうか。

  明治以降に限っても多数の宣教師がやってきて、布教活動をしています。

ですが、信者数は、人口の1%以下だといいます。

隣の韓国が30%を占めていることを考えると意外な数字です。

ミッション系の大学がかなりあり、クリスマスを盛大に祝うにもかかわらず、この数字というのは、ちょっと少ない気がします。

これは、以前記事に書きました。

 

sosigayax.hatenablog.com

 

 これらの3つの疑問に対しては、すぐに答えは出ないでしょう。

このように疑問をいろいろ感じている一神教ですが、この本の「一神教多神教」というエッセイには、過去の「一神教多神教」に関する論争がうまく整理されていて、概要が理解できました。
つまり当初、西欧では、多神教は、未開な宗教で、一神教の方が優れているという議論が多かったようです。

ですが、一神教ゆえの排他性、暴力性があり、最近では、多神教も見直されてきているというものです。

多神教は、多様性を認め、宗教的寛容さがあるからというものです。

 

このエッセイの中で、一番なるほどと思ったのは、筆者の考え方ですが、実際は、一神教多神教も実はそんなに違いはないのではないかという点です。

確かに神社仏閣に行っても私自身は、具体的な祭神の名を唱えることはありません。つまり、そこで祭られている特定の神や仏に祈っているという意識はありません。

単に「神さま」に祈っているだけと感じています。

それに一神教キリスト教にもマリア信仰や聖人崇拝があるから多神教的な部分もあります

 

日本という多神教的な環境に生きて来たそしがやには、一神教には、厳しさがあるような気がします。

もう少し寛容さがあってもいいと感じています。

どんな宗教だって、目指すところは同じでしょう。

つまり、心の平穏と世界の平和ではないか。
ですが、世界は、宗教をめぐっての争いが多いです。

それは、実際のところ宗教そのものというより、宗教にいろいろなものが複合的に絡んでの争いだと思います。

つまり民族、経済格差などです。

ですが、本来そういうものは、宗教が克服すべきものではないのか。

何かそう言ったものさえ克服できない宗教は何なのかと思ってしまいます。

 

宗教の限界を感じつつも、この本を読んで、「一神教多神教」に関して今まで知らなかったことを知ることができました。

最初に感じた3つの疑問の答えに少しでも近づけたかな、と感じています。