公務員として勤めているころ、福祉関係の仕事をしていたことがあります。
担当する中には、生活保護を受けている人もいて、心の病を持っている人が多かった印象があります。
体は、健康にもかかわらず、うつ病や統合失調症などで仕事ができず、生活保護を受けているのです。
仕事に就いても続かないケースがほとんどでした。
単身の男性が多かったのですが、そんな中に子供を抱えている心の病のシングルマザーがいました。
そしがやが担当だったころは、その女性の子供は、中学生の男の子でした。
その男の子が高校へ入るころには、別の職場に移ったので、その後の様子は、わからなかったのですが、たまたま後任者に会ったら、その男の子は、高校は、入学したものの中退したという話を聞きました。
前の担当者としては、ちょっと残念な気がしたものです。
高校を中退すると社会で生きていくのは、もっと大変になると思ったのです。
その時には、貧困の連鎖という言葉が思い浮かびました。
そんなケースを彷彿させる記事を読みました。
「離婚理由は父の浮気らしいです。私たちを捨てて家を出て行ってしまったと聞いています。今思えば、母は何もかも嫌になってしまったのかもしれません。2歳年下の弟がいるんですが、私と弟のために食事を作る気にもなれず、小さいころから菓子パンやカップラーメンばかり食べていたような記憶があります」
ユリナさん(33歳)は、そう振り返る。
公営住宅で生活していて生活保護ももらっていたのに、どうしてあんなに貧乏だったのだろうと疑問も抱いているという。
ユリナさんは、4歳のころに両親が離婚し、母親はうつ病を患って働けず、生活保護に頼る日々でした。
母は、離婚のせいか、心を病んでしまい、仕事ができなかったようです。
今は、笑いながら話すもののユリナさんは、ひもじい思いをして過ごしたと言います。
「中学2年生くらいのとき、母から『高校には行かなくてもいいんじゃないの?』と言われました。私はけっこう勉強が好きだったので、公立高校に行かせてほしいと泣きながら頼んだんです。この家から逃れるためには、勉強するしかないとも思ってた」
両親とも高校中退なので、母は教育の必要性を感じていなかったのかもしれません。
ですが、ユリナさんは、そんな両親を見ていて、貧困から抜け出すには、教育しかないと確信していたそうです。
普通だったら、こういう家庭に育ったら、教育の必要性なんて、感じそうにないのですが、ユリナさんがこのような考え方に立ち至ったのは、素晴らしいことです。
「女が大学に行って何になる、と。母は当時、40代前半。それなのにそんなことを言うんですよ。呆れました。私は学校の先生と話し合って進路を決めていったんです」
ユリナさんは、公立高校に入り、成績も上がり、国立大学へ入学できるレベルになります。
ですが、母は、反対します。
この母の「女が大学に行って何になる」という反対の理由を見るととても現代の世の中の発言とは思えません。
見事現役で国立大学へ入学して、奨学金とアルバイトとで学費を工面し、ユリナさんは、無事大学を卒業しました。
その後は、とある専門職に就き、仕事を始めました。
長年支えてくれた男性と結婚して、子どももできました。
同じころ、母はアルコール依存がひどくなり、自滅するように病死していきました。
その時は、ああは、なりたくはなかったとずっと思っていたものの、いざなくなってみるとやはり肉親なので、複雑な気持ちだったといいます。
「私は絶対に、自分の娘にあんな思いをさせたくない。それと娘にもきちんと教育を受けて仕事をもっていてほしい。私、万が一、夫と別れても娘を育てていけるだけの仕事があって本当によかったと思っていますから」
最後にユリナさんは、こう語っています。
母を反面教師にして、現在は、自立しています。
ですが、多くの場合は、こういう家庭に生まれるとその両親と同じような生活になってしまう場合が多いようです。
ユリナさんのケースを読むと大学入試を勧めてくれた高校の教師や夫の助けがありました。
それに母のようにはなりたくないという、ユリナさの強い意志も感じます。
ユリナさんは、貧困の連鎖から抜け出せた稀な事例かもしれません。
この記事を読むと最初に触れた、高校を中退した男の子のことを思い出します。
今はどうしているのか。
母親と同じようには、なっていてほしくないと願っています。
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