以前は、よくテレビで見かけていた有名人が姿を見なくなったと思っていたら、孤独死をしているのが発見されたという記事を時々見かけます。
今回の記事もそういう内容です。
金ピカ先生の愛称で親しまれ、80年代に予備校の英語講師として大人気だった佐藤忠志さんが孤独死していた。デイサービスのスタッフが24日に冷たくなって倒れている佐藤さんを自宅で見つけ、警察に死亡を確認されたそうだ。
金ピカ先生のことは、覚えています。
やたら派手な印象のある男性でした。
予備校の講師でメディアに登場するようになったのは、彼が初めてかもしれません。
いまだと林修が一番有名ですね。
晩年の金ピカ先生は年収2億円あった稼ぎが無収入となり、生活保護を受けていた。糖尿病などで体調を崩し、生きる気力も失い、愛妻も去って、ひとり暮らし。
年収が2億円もあったのに、最後は、生活保護というのは、ちょっと不思議ですね。
貯金とかなかったようです。
「朝からビール飲んでますよ。いつ死んでもいいんですから。やりたいこともないし、やることもない。隠居、生きる屍です。早く死にゃあいいと思っていますから」
スポーツ報知などのインタビューでそうコメントしたときの写真は痩せ細って目がうつろ。電気料金にも事欠く薄暗い部屋は荒れ、チェーンスモークで灰皿はたばこの吸い殻が山になっていたという
生活保護を受けていた割には、ビールを飲むお金はあったようです。
この記事では、テレビにもよく登場した有名予備校講師がどうしてこうなったのかには、触れられていませんが、その辺も知りたいところです。
「いまの隠居者でみれば、そう珍しいことではないと思います。年金が少なすぎて、それだけで生活するのは不可能と、還暦過ぎてアルバイトするのが当たり前という時代ですからね。現役時代は会社社長で、ビルも所有していた人が時給700円で、夜勤までして、10万円ちょっとの月収で糊口をしのいだりしている。体を壊したら当然、働けませんから、生活保護を申請しなければ生きていけない。晩年の佐藤さんにたばこや酒を買うお金があったとすれば、まだ恵まれていた方かもしれません」
最後には、法曹関係者の言葉で締めくくっていて、最後のセイフティネットとしての生活保護に注目しています。
そして、決して他人ごとではないとも述べています。
とはいえ、平凡に細く長く生きてきた人間としては、こんな派手で金ピカな時代があった生き方もひとつの人生だとも思えますね。
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